COLABORAジャーナル

岡部学長インタビュー(後編) ネット活用が拓く教育の未来

ネット授業に不利な著作権法

渡辺

日本では著作権法上、正規の教育機関による教室での授業内、あるいは教室の授業と同時にネットで送信する場合にだけ著作物を自由に使えることになっています。このような限定があるためそうであれば、経済的な理由や家庭の事情、病気などの理由から学校に通えないという人たちがネットで授業を受けたいと思っても、教室の中ほど質の高い授業が受けられないような印象があります。

岡部

いろいろ工夫はできると思います。ただ、そのためには先生方が相当知恵を出さなければなりません。たとえば、授業で小説を使いたいとします。その小説を図書館でeブックとして登録すれば、学生さんはそのeブックを開きながら授業を受ければいいわけで、授業でそのコンテンツそのものを流す必要はありません。また、理工系の講義については、引用するにしても短い文章なので、明示すれば問題はありません。あるいは、完全にフリー化された肖像写真などもありますので、そういうものを探してくれば、授業に支障はありません。難しいのは、先ほどの文化・歴史の分野ですね。それも手間をかけて交渉すれば、なかには話のわかる方もいます。ただ、これはあくまでも学生だけに公開する場合ですが。

渡辺

それでは、いつまでたってもMITのOCWにはたどり着けない。

岡部

MOOCsも無理ですね。

渡辺

となると、日本の大学がそこまで手間をかけずにあきらめてしまう可能性もありますね。

岡部

二つの方法があります。ひとつは、授業料を安くして、興味のある履修生は全員学生として登録してもらう。もうひとつの方法として、公益に資するような使用に対しては無料にするというキャンペーンを展開する。これを併行してやらなければならない。

渡辺

著作権が厳しいなりに、小さな工夫を積み重ねてやれることはあって、それをどんどんやるべきだと。

岡部

私たちの側にも努力しきれていないところがあります。一方で、著作権法を改正するという正面突破もやらなければいけない。

渡辺

正面突破は、どうすればできますか。

岡部

文化庁にはずいぶん話をしましたね。著作権法は裁判にならないとわからない点も多いので、先例をつくってしまえという考え方もあります。ただ、オープンに出した教育素材の中で他人の著作物を利用していると、教材から、その部分だけ切り出されてしまうこともあります。海外はそれをどうしているのですか。

渡辺

MITの教材にはクリエイティブ・コモンズのライセンスを付けていますが、たとえばハリウッドの映像が入っているような場合、そこの部分だけは大学の教材としてフェア・ユースという例外規定に基づいて利用されており、それ以上の許諾は取っていない、つまりクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの対象外だということを明示しています。

岡部

制限条件を付けておくということですか。その条件を越えてコピーをする人がいれば、あくまでもその人の責任だと。

渡辺

注意書きを入れますが、大学が外に発信するところまではフェア・ユースでカバーされているという理解です。

岡部

ハリウッドが大学の発信に対して許諾するのですか? うちでも映画が一番難しい。

渡辺

許諾を取れないから、フェア・ユースという例外規定に依拠しているのだと思います。

岡部

アメリカだからフェア・ユースが使える。日本ではできない。

渡辺

日本ではアメリカのフェア・ユースのような広い例外規定はない代わりに、教育に特化した例外規定として著作権法第35条があり、これでカバーすることを狙っているわけですが、先ほど述べたとおり、ネット送信で認められているのは授業と同時に遠隔地へ再送信する場合だけです。教育目的であれば異時送信も含めて認めるということになれば、遠隔教育に対する不利な扱いはだいぶ解消されることになるでしょう。それに加えて教材の一般公開まで認めることができれば、そこでようやくアメリカのフェア・ユースに似た効果を持つことになりますね。

岡部

文科省は、著作権法にフェア・ユースの概念がきちんと入っていないことをものすごく気にしています。文化庁は、文科省の外局のはずなのに、なぜ文科省から話が行かないのかと思う。

渡辺

法律がきちんとすれば、権利者がだめだと言っても合法的に使える。法律をどうすべきかは公益の問題で、クリエイターがこうむる損失と、社会が得る利益を秤にかけて、どちらが大きいかということだと思います。ただ、教育界がまとまって文化庁に意見を届ける、というような動きがないために現状が放置されている、という説も聞いたことがあります。

岡部

これまで大学の情報系の先生が一堂に会するような機会がなかったのですが、最近、AXIES(大学ICT推進協議会)という団体ができ、特に教育でのIT活用を活動の中核にしようとしている。これがうまく動き出せば、政策提言を上げることができるかも知れません。

渡辺

そういう声が教育界や学会から出て来て、優れた政策のきっかけになることを望みたいですね。

専門家に聞きました 後編

教育のネット利用にとっての著作権

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター渡辺智暁
クリエイティブ・コモンズ・ジャパン野口祐子

前編で述べたとおり、ネットを教育に活用しようという動きは特に米国を中心に近年大きな展開を見せている。エリート校の先生の授業が無料で受講できるとか、授業の教材が誰にでも無料で公開されていて、それをベースに自分なりにアレンジした教材を作成することもできる、という「オープン教育」と呼ばれる取り組みは、大小さまざまな便益を社会にもたらしている。

だが、日本でそのような取り組みをしようとすると、日米の著作権法の違いが原因で、同じような展開が難しい、という問題がある。著作権の大原則は、他人の創作的な表現(著作物)を無断で使ってはならない、というものである。そこで、教育の中で他人の表現を使おうとすると、問題になることがある。つづきを読む

教育の文脈では、他人の著作物を利用したい場面は多くある。現代史の授業で歴史的な事件の様子を捉えた映像を見る、文化や芸術を扱う授業の中で作品そのもの(映画や音楽など)や作品の写真等を使って説明する、風俗を捉えた資料を鑑賞する、ということもあろう。科学や数学上の概念体系をうまくまとめた作成の図を使いたい、ということもあろう。様々な教科で、学んでいる内容とかかわりの深い新聞記事があればそれを授業で配布することで学習内容と実社会とのつながりを示し、生徒の関心を喚起したい、と考えることもあろう。

著作権法の原則に従えば、このような他人の著作物の教育における利用についても、許諾が必要だということになる。しかし、許諾をもらうことは、下記に詳しく説明するとおりとてもコストが高いため、教育のように社会的に意義の高い行為については、例外として、許諾をもらわなくても合法に利用できるようにするための「例外規定」が著作権の中に設けられている。日本では著作権法35条で規定があり、米国では著作権法107条にフェア・ユースという規定がある。教育のネット利用における日米の差は、この日米の例外規定の違いから生じるとまとめることができるだろう。

以下、より詳しく見ていこう。

許諾をもらうことのコスト

インターネット上にコンテンツを出そうとすると、「権利処理」が壁になってうまく行かない、という話を聞くことがある。権利処理というのは権利を持っている人たちを探しだして、コンテンツの利用について許諾をもらうことを指している。この権利処理が円滑になされないためにコンテンツの利用が進まない、という現象はあちらこちらで見られる。

少し脱線してしまうが、この「権利処理」が難しい例として、テレビ番組のオンライン配信がしばしば挙げられている。テレビ番組は、著作権やその他の権利を含め数多くの権利者がいるため、過去に放映された作品について、今から全ての権利者を探し出し、許諾を取ることは大変な作業となる。これが、過去の番組のオンライン配信が難しい理由のひとつとされることがある。

話を元に戻して、授業のビデオや教材などをオンラインで配信する場合にも、全く同じ問題がある。つまり、権利処理には非常に大きな手間と費用がかかるのである。まずは、権利者の連絡先が分からない場合も多い。そもそも権利者の名前が記載されていない場合(写真など)、権利者が実名でない場合(俳優や音楽家などの実演家など)は、権利者の名前を探し出すのにまず苦労するし、名前が分かったとしても、権利者が引っ越していたり、死亡して誰かに権利が相続されていたりすることもあるから、創作されてから時間が経った作品であればあるほど、権利者の連絡先をつきとめるのは大変になる。

仮に権利者の連絡先をつきとめても、結局は権利者から許諾を得られないこともある。対価の額や利用条件などが折り合わない場合もあるし、そもそも対価や利用条件に関わらず一切許諾は与えないし交渉にも応じない、という場合も皆無ではない。

そして、厄介なのは、一つの著作物に複数の権利者がいる場合。原則として全員から許諾を取ることが必要になるため、権利者が1人なら確率2分の1程度で許諾が得られるような場合でも、2人なら4分の1、3人なら8分の1と、どんどん許諾が取れる確率は低くなってしまうのだ。

教育目的の無断利用を合法化する制度とその限界

教育の重要性に鑑みたとき、このような権利処理のコストを教育者に強いることに疑問を抱く人も多いだろう。それよりも、いかにすればよりよい教育になるか、に時間を割いてほしいと考えるのが普通だ。

幸いなことに、著作権法では、許諾を得なくても他人の著作物を利用してもよい場合について、若干の定めがある。いわば「無断利用は違法」という原則に対する例外が規定されている。例外規定とか、権利制限規定と呼ばれることがある規定である。日本の著作権法にも、教育目的のための例外規定がある(著作権法35条)。問題は、その例外規定が、教育におけるネットの広い活用という最近のトレンドをほとんど反映していないことだ。基本的には、学校の教室における教育を中心に設計されているのである。

日本の現在の例外規定は、教室内で何かを利用する場合と、その教室内の利用の際に、遠隔地にいるその授業の履修者に対して、ネットを介して同時中継する場合のみ、許容している。ということは、履修者が教室の外で(たとえば、授業時間が終わった後に自宅で)予習・復習するために、教室で使った教材をインターネットにアーカイブして、学生がいつでも学習できるようにする、といった使い方はできない。ましてや、学校の課題の履修者ではない一般の人向けに、教材やビデオを公開して広く社会教育に役立てる、といった利用は、例外規定では処理できないのである。このような教材やビデオの公開をするためには、原則に戻って、使われている全ての第三者のコンテンツについて全て許諾を取るか、または、公開版からは第三者のコンテンツを全て削除する、という対応が求められることになる。

言い方を換えれば、現在の日本の著作権法は、ネットの教育利用にはあまり便利にできていないのだ。教室の中では、第三者の作ったコンテンツも自由に使ってレベルの高い授業ができる。しかし、その授業を世界に向けて授業を発信したり、いつでも受けられるようにアーカイブにしようと思ったら、皮肉なことに、その自由度は一気に下がってしまう。第三者のコンテンツについて大きなコストをかけて権利処理するか、教材の一部を「黒塗り」したり削除して公表する必要がある。他にも、授業法の研究・改善のために授業の様子を撮影しておいて後から他の先生と見るようなことも、自分の作成した教材一式を他の学校の同教科の先生に送ってその先生の教材準備時間を節約するようなことも、そのほか直接間接の様々なネットの活用が今の著作権法下ではできないのである。これは教育の未来、社会の未来にネット活用がもたらしうる潜在的な便益を考えると、大きな損失だといえるであろう。

米国のフェアユース規定

それでは、教育におけるネット利用がとても盛んな米国は、どのようにしているのだろうか。米国が、時代の流れを受けて教育にネットを上手に、積極的に取り入れることができる背景には、フェアユース規定という、柔軟性の高い例外規定の存在がある。

米国のフェア・ユース規定のもとでは、他人の著作物を無断で利用した場合でも、利用の目的や方法、利用する著作物の性質、利用する量、利用がその著作物の市場価値に与える影響、という主に4つの要素を考慮した上で公正であると判断した場合には、著作権侵害にならない。これは教育目的に限らずさまざまな著作物の利用に適用される非常に柔軟な規定である。

実は、日本の著作権法にある、教育目的の著作物の利用を認める例外規定においても、部分的には似たような考え方が採用されている。著作物の種類、用途、複製などの部数、利用の態様を考慮して著作権者の利益を不当に害する場合には、たとえ授業中の教室内利用であっても、無断利用はしてはならないと定めているのだ。米国のフェアユース規定と違うのは、日本はこのような定めが適用されるのは基本的に教室内の活動と、その教室の授業を遠隔地の教室に同時配信する場合のみに限定されていて、ネットでの公開やアーカイブ化は一律禁止にしている点だと言える。もしも、日本でも、著作権者の利益を不当に害しなければ、授業を録画しても、ネットで公開してもよい、というようにすれば、教育という分野では米国のフェアユースとかなり似たものになるだろう。

実際、映画やテレビの一場面を授業で使ったところで、それでその著作権者の利益が不当に損なわれるということはないだろう。むしろ作品に興味を持って、DVDを買い求めたり、レンタルする人も出てくる可能性があるだろう。(一方、授業での使用の必要を超えた、作品丸ごとの利用は、当然今と同様違法と解釈されるだろう。)写真、文章、図表などについても同じことが言えるだろう。

し著作権に詳しい方であれば、日本でも近年、米国のフェアユースに近い規定を導入するべきだという機運が高まったことをご存知だろう。だが、残念ながら実際にはこのような柔軟な規定の導入は実現しなかった。

日本においてネットを教育に活用しづらい理由は、もちろん、著作権だけではない。だが、大きな支障の一つとなっていることは間違いない。教材や授業をネット上で提供し、公開できる世界を実現するためには、著作権も変わらなければならないだろう。

Profile

渡辺智暁
国際大学GLOCOM主幹研究員。Ph.D.(インディアナ大学テレコミュニケーションズ学部)。専門は情報通信政策と情報社会論。米国の通信インフラ政策、ICTとメディア・コンテンツ産業の変遷、著作権関連政策などを研究する。東京大学、聖心女子大学非常勤講師。NPO法人コモンスフィア(旧称クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)常務理事。

野口祐子
弁護士(東京弁護士会所属)。東京大学法学部卒、スタンフォード・ロー・スクールにて修士課程(J.S.M.)及び博士課程(J.S.D.)を修了。森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士、NPO法人コモンスフィア常務理事(クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)、国立情報学研究所客員准教授。専門は著作権、特許などの知的財産法、国際紛争解決、国際取引など。

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